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むごいのはむごいけど、まるっとダメですかね?パネルディスカッション

by まえぽん

巷にあふれる「むごいパネルディスカッション」の5つのパターン!?(中原淳) - 個人 - Yahoo!ニュース

という記事がタイムランで流れてきた。「パネルディスカッションという形式は、なかなか場全体として、うまく理解を促進することが難しい」という見解の記事で、結構賛同者が多い模様。

個人的見解になってしまいますが、パネルディスカッションの出演者になったこともあるし、コーディネーターをやったこともあります。まあ、関わったものは「ディスカッション」というにはやや時間的にコンパクトなもが多いです。なので、このエントリーの内容は元記事の対象とされている「パネルディカッション」とはやや違うものを指しているかもしれません。

確かに、ただ順番に思っていることを行っただけの時や、間延びしそうになるのを一生懸命しゃべってつないで‥‥という経験もありますが、手応えのあったものもあるんですよね(主観的に、もしくはアンケートなどの結果で)。

で、どういう時に手応えがあったかといえば、

「うまく引き出せた」「いい情報を出せた」

という時に感じていることが多いです。

事前に参加者の層とか、その日の流れとか、一緒にお話する人たちを踏まえて、こちらが出せば喜んでもらえるんじゃないかという話を想定し、それが実際にハマった場合や、流れの中で思い出したり、思いついたことがハマった時ですね。
コーディネーターしているときは、この人はこういう話を提供できるだろうというというアタリをつけた上で、それがちゃんと聞き出せて、参加者にも響いたというときです。

そう考えると、確かに比較的良かったんじゃないかなというものは、「ディスカッションを行って何かが生まれた」というものではないですね。複数人で話をしているうちに、より広い範囲だったり、より深い方向に話が発展していって、それぞれが話したことが参加者に受け入れられたというものですね。

「生まれた」というよりは「引き出せた」という形でしょうか。

というか、冷静になって考えてみれば「これだけの人が揃って話せば何か生まれるっしょ!」「はい!ドーン!」みたいな、お笑いのコントに出てくるバラエティ番組のディレクターみたいな形式で始めて、なにか生まれるというのは奇跡を期待して始めるようなものじゃないかなと。ここまで極端に乱暴じゃなくても、やはり「生まれる」ことに対して期待というのはなかなか難しいかなと思います。じゃあ、「何がディスカッションだ!」ってなるかもしれませんが、べつに喧々諤々だけがディスカッションじゃないですね。

まあ、3〜4年前ぐらいはokawebで毎回のようにパネルディスカッション(トークセッションと呼んでました)のコーディネーターをやっていたため、結構ポジショントークな部分もあります。が、そこそこ喜んでもらえたと記憶しているので(美化していなければ)、ちょっとまるっと否定するのもどうかな?というお話しでした。



まえぽん
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